夜空に浮かぶ月の満ち欠けは、太古の昔より世界各国の人々の想像をかき立て、多くの物語を紡いできました。その月をモチーフとし、200年の長きにわたって玉川堂が培ってきた鎚起銅器の技術と、新潟・燕三条が誇る鋳物の伝統を融合し生まれたのが「月/MOON」です。実用性とクラフツマンシップの粋を高次元で実現し、あるときは花器として、またあるときはシャンパンクーラーやインテリアオブジェとしても活用できる工藝のモダンアートピース。“鎚起の匠”と“鋳物の匠”が力を合わせ——そして時に技を競い——「鎚起和器」というまったく新しい世界観を創りあげました。
谷川じゅんじ
Q:まずは鎚起和器「月」誕生のいきさつについて教えてください。
玉川:私たち玉川堂の伝統工芸技術と、異なる分野の技術を融合させてつくろうと始まったのがこの鎚起和器というプロジェクトです。
谷川:本当に始まりは極めてシンプルで、お互いが“鎚起和器”というアイデアをとても気に入って、意気投合したのがきっかけです。
玉川:通常私たちだけでは、専門とする銅以外の素材と掛け合わせてものづくりをするという発想はしません。そういった意味では「玉川堂の枠を飛び超えて敢えてチャレンジする」という谷川さんからの提案が起点ですね。つまり谷川さんと玉川堂が出会い、そして異なる素材が出会うという新しい“交わり”により、新しく生まれたのがこの「月」です。
谷川:僕自身、銅を叩いて延ばすだけでなく、縮めることによって造型する鎚起という技術が生み出す作品に初めて触れたとき、その技術だけではなく、それぞれの職人さんが持つスキルやキャラクターに深い面白みがあると、つくづく思ったのです。だから、その職人さんたちが持てるスキルを駆使して、彼らが普段つくらないものをつくってもらったら面白いのではないか、それを出発点に、由緒正しい技術を生かしながら、現代的なプロダクトに落とし込んでいきました。
玉川:もちろん我々にとっても確かに新しいチャレンジではありました。ですが、ひと口に“伝統”といっても、それは“革新”を連続させていく作業です。単なる技術の継承では伝承工芸にはなり得ても、玉川堂が目指す伝統工芸にはなり得ません。その意味では、谷川さんとこのようなプロダクトをつくるにいたったことも自然の成り行きかも知れませんね。
Q:異素材の融合というアイデアや制作のプロセスについて教えてください。
谷川:きっかけになったのは、玉川堂さんがつくっているワイングラスです。ステムの部分が銅で、そこにボディとなるガラスを接着しているのですが、これのプロトタイプを最初に見せていただいたとき、「異素材のものと組み合わせることもあるのだな」と、軽い驚きを持ちながら思ったのです。単一素材で新しいことをやろうと思っても、色とカタチでしか変化をつけることができませんが、異素材を選択肢にもつことで、クリエイションの世界が広がって行くんです。
玉川:実はその谷川さんがおっしゃっているワイングラスは、はじめ全部銅でつくろうと思っていたのですが、そうすると注いだワインが見えない、味が変わってしまうなどの理由で断念したんです(笑)。
ただこの「月」に関して言えば、鎚起だけでなく、鋳物も含めて制作のすべてが燕三条の町で完結しています。この鋳物の鏡面仕上げにしても、磨きに特化した職人さんがいて、彼らでなければできない高度な技術が用いられています。金属の専門家がみれば、「ああ、これは燕だな」ってすぐ分かるほどです。このすべてをひとつの町内で完結できるというのも燕三条の強みですね。
谷川:その燕三条の持てる力を生かしつつ、実用的であるけれどアートピースとしても使用できるものをつくる、というコンセプトを最初から心に決めていました。そこで海外の生活様式においても埋もれず、逆に美しいものを引き立てるようなデザインをつくろうと考えたときに、単なる“和風”ではなく、もっと普遍的なテーマを造型に落としこみ、玉川堂の伝統技術によってカタチにすることが最重要テーマとして浮かんできたのです。それにより、多くの人が共感できるストーリーが生まれるのではないかと。
Q:今回は「月」がモチーフになっています。
谷川:正直、デザインを始めるにあたって何をテーマにすべきかはとても悩みました。しかし検討を進めていくうちに、モチーフは「自然」が良いのではということでコンセプトがまとまってきました。世界中の人々が理解、納得できるものというスタンスで考えたとき、日本のものというより自然の方が相性が良い。さらには、国籍を問わずみんなが共通のイメージを抱けるものとなると、「月」が最適という結論にいたりました。
実をいうと、ほかに「山」というのも考えたんですが、山の場合、チベットの人だったらエベレストを想像するだろうし、ヨーロッパの人だったらアルプスを想像するというように、人によってイメージする山のカタチって全然違うんですね。「川」も同様です。セーヌ川やドナウ川などイメージする対象は十人十色です。そこで万国共通かつ普遍のデザインを模索した結果、月をモチーフとすることで落ち着きました。
Q:銅器の魅力とはなんでしょう?
玉川:銅器の特徴は、使えば使うほど「命」が育っていくということです。硫化カリウムなどの天然の液をつかって色を着けるのですが、使用した後に、乾拭きしていただくだけで風合いを増していきます。我々はもちろんものづくりをする人間ですが、鎚起の場合、ものづくりは商品の完成後も続きます。購入していただいたお客様にも長年愛用していただくことで、「命」を育て、ものづくりを継承していただくことになるのです。これらは決して生活必需品ではありませんが、所有する人の人生を豊かにし、喜びを与えます。
ただ、このプロジェクトに関していえば、カタチになるまでに2年ほどの歳月を要しました。さきほど触れましたとおり、我々も“革新”を念頭に伝統技術の継承を行っていますが、今回の鎚起と鋳物という異なる素材をキレイにつなぎ合わせるという部分はとても難しかった。というのも鎚起は叩いて縮めることでカタチを詰めていく技術なので、鋳物に合わせるために調整を試みるとどこかにゆがみが生じてきます。そのすべてを完璧にしたうえでひとつの作品をつくるのは文字通り試行錯誤の繰り返しでした。
谷川:その意味では、限定100個の制作ですが、どれひとつとして同じものはない、それぞれに個性をもっているともいえます。
Q:今回のプロジェクトの一番の目的は何ですか?
谷川:今回のプロジェクトを進めるにあたって、一番重要なことは、プロダクトの製造ではないと考えています。玉川堂という“メゾン”を国内だけでなく海外の人たちにも知ってもらいたいというのが一番の想いなんですね。
例えば玉川堂の急須ひとつとっても、他に目を向ければ、同じ機能をもった異なる用具はたくさんあります。その中でも玉川堂のプロダクトを使いたい人々に、自分自身が目で見て良いと感じた確信をありのままに伝えたいと思いました。世界の人々に玉川堂の哲学を知ってほしい。世界には、彼らの技術が生み出す工芸品を嗜好する人はたくさんいると信じています。
玉川:鎚起の技術を取り込みつつ、いままでにないプロダクトをつくって、これまでの玉川堂のマーケットとは違うマーケットに問うてみよう。これこそが今回のプロジェクトで目指したところです。ふたりともそこが面白いということになってこのプロジェクトが実現にいたったのだと思います。
谷川:この「月」は100個の限定生産です。100個売れてしまえば、同じ品はもうそれ以上はつくりません。しかし、鎚起和器のシリーズは第2弾として異なる品を同じく限定100個で生産する予定です。そうやって続いていく鎚起和器の新しい形を愉しみにしてくれるファンが増えていくとうれしいですね。
谷川じゅんじ JUNJI TANIGAWA
1965年生まれ。JTQ株式会社を2002年に設立。「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマにクリエイティブディレクション&コンサルティングファームとして活動の場を広げる。空間という特定の枠を超え、コミュニケーション領域全般でのブランディングディベロップメントおよびブランディングプロモーションを手がける。玉川基行 MOTOYUKI TAMAGAWA
1970年新潟県燕市出身。1995年(株)玉川堂に入社し、2003年代表取締役社長・玉川堂7代目就任。2003年よりフランクフルト・パリをはじめ、海外見本市に毎年出展。玉川堂のグローバル展開・海外販路開拓に尽力し、現在、国内外の主要都市にて玉川堂製品が販売されている。谷川じゅんじ
鎚起和器「月」
サイズ:W27 D22 H26(cm)
重量:7.5kg
素材:銅・ステンレス
450,000円
(税別・国内価格)
株式会社 玉川堂
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TEL 0256-62-2015
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